- ムーミンパパ55です。筆者は現在、コミックで連載された「空母いぶき」を製作中です。「空母いぶき」は、20××年に尖閣諸島沖で海上自衛隊と隣国海軍が衝突し、戦闘は回避したものの日本政府が危機感を持ち製造した架空の空母です。完成するまでは、1/700のウォーターラインシリーズを紹介しています。今回は「空母大鳳、タミヤ製」を紹介します。
- 大正11年の鳳翔以来、日本海軍は数多くの空母を建造してきましたが、その技術と経験の集大成として昭和19年3月に竣工したのが大鳳です。最初から空母として建造された最後の一艦となった大鳳は、それまでの日本空母にはない多くの特徴を持った進歩的な設計がなされていました。最大のポイントは、500㎏爆弾の急降下爆撃に耐えるように設計された飛行甲板です。空母の広い飛行甲板は目標になりやすく、ひとたび爆撃を受けて損傷すれば空母の存在価値はなくなってしまいます。そこで、飛行甲板に鋼板による装甲防御が施されたのです。もちろん、飛行甲板すべてに鋼板を張ることは重心などの面から困難であったため、当時の艦上機が発着できる150mの距離、すなわち前後のエレベータの間隔を150mとり、この部分に鋼板を張りました。それでも普通の空母よりも重心が高くなるため、飛行機の格納庫を他の空母の2段に対し、1段に減らしました。このため、搭載機数は52機と大型の空母としては少なくなりました。また、飛行甲板が低くなったため、凌波性を確保するために艦首の外板が飛行甲板までつながったエンクローズド・バウと呼ばれるスタイルを採用したのも日本空母では唯一のものでした。

- 大鳳の主要目
基準排水量:29,300トン、公試排水量:34.200トン、全長:260.6m、飛行甲板長:257.5m、飛行甲板幅:30.0m、最大速度33.3ノット、搭載機:戦闘機「烈風」24機、攻撃機「流星」24機、偵察機「彩雲」4機 計52機、対空兵装:長10㎝連装高角砲6基12門、25㎜3連装機銃17基51挺、25mm単装機銃25挺
(長10㎝連装高角砲は口径が従来の12.7㎝高角砲よりも小さいが、65口径という長砲身を採用したことにより、12.7㎝高角砲に対して最大射程、最大射高ともおよそ1.4倍になっています)

- 昭和19年3月に竣工した大鳳は、19年6月に空母翔鶴、瑞鶴以下の第1機動部隊の旗艦として「あ号作戦」に参加、マリアナ沖海戦にのぞみました。ところが、海戦の初日午前8時ころ、米潜水艦アルバコアが放った6本の魚雷のうち1本が大鳳に命中してしまいます。3万トンの巨体は何事もなかったかのように走り続けましたが、魚雷命中のショックで軽質油タンク上部の接手が緩み、可燃性ガスが漏れ始め、次第に艦内に充満していきました。そして午後2時にガスに引火、大爆発が起き、またたく間に3万トンの巨体の内部は火の海と化してしまい、手の施しようもなく次第に左に傾斜。夕刻、マリアナ西方の海面に姿を没していきました。防御に重点をおき不沈空母といわれた精鋭空母としては、まことにあっけない最後でした。


- 大鳳が出撃した際は、「ゼロ戦」、爆撃機「彗星」、攻撃機「天山」を搭載していましたが、作成したモデルでは夢に終わった当初計画の搭載機、戦闘機「烈風」、攻撃機「流星」、攻撃機「天山」、合計39機を飛行甲板上に配置しました。「烈風」はゼロ戦の後継機として開発が進められましたが太平洋戦争の終結には間に合わなかった幻の戦闘機です。「流星」は米軍機の性能を凌駕する高性能な攻撃機で、約110機が生産されましたが、流星が生産された時期は既に日本海軍には戦闘可能な空母は無く、流星は主に陸上からの攻撃に使用されました。「天山」は約1300機が生産され実戦に投入されましたが、多くが敵戦闘機によって撃墜され、大きな成果をあげることはできませんでした。








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以上、今回は「ウォーターラインシリーズ、空母大鳳、タミヤ製、1/700」を紹介しました。次は「空母いぶき」が完成していると思いますので紹介しようと思います。どうぞお楽しみにお待ちください。







































































